すると背後の中門の所から何時の間に來たのか、 「兄(あん)さん」  と千代が私に聲かけた。  返事はせずに振向くと、例の浴衣の姿が半ば月光を浴びてしよんぼりと立つて居る。 「兄(あん)さん、もう皆寢(やす)みませうつて。」 「ウム、いま、行く。」  と言つておいて私は動きもせず千代を見上げて居る。千代もまたもの言はず其處を去らずに私を見下して居る。何故(なぜ)とはなく暫しはそのままで兩人は向き合つて立つてゐた。私の胸は澄んだやうでも早や何處やらに大きな蜿(うねり)がうち始めて居る。  やがてして私は驚いた。千代の背後にお米が靜かに歩み寄つて物をも言はずに一寸の間立つてゐて、そうして、 「何してるのけえ?」  と千代に云つた。 「マア!」  としたゝかに千代は打驚かされて、 「何しなるんだらう!」  と、腹立たしげに叱つた。お米は笑ひもせず返事もせぬ。斯くて千代もお米も私も打ち連れて家に入つた。そして臺所の灯をば其處に寢るお兼に頼んでおいて、私等は床の敷いてある座敷に行つた。  片側には父が端で、次が母、その次が私の床。それと枕を向き合はせて片側には彼等姉妹の床、廣い着布團を下に敷いて兩人一緒に寢るやうにしてある。

TOP その1 その2